友人との会話に違和感

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地元の友人から、私の勤めている会社のことを聞かれた。
答えたところ、「大手じゃん!すげ〜!いいな〜!」と、
憧れの眼差しを向けられたのだが、正直凄いとは一切思っていない。

その友人は大学をしっかり卒業しているのに対し、私は専門卒。
友人は地元の小さな工場に勤めており、お世辞にも給料は高いとは言えない環境なのだが、
実家暮らしである分、家賃やローンもかかっていない。
(だからローンを差し引くと大体同じくらいの手取り)

それだけでなく、長野の田舎のおいしい空気を吸いながら生活し、
無理な残業やハードワークも一切ない。
私からすると、そのような環境のもとで働いている友人こそ羨ましく思えてくる。

「大手」と言っても、確かに名前はちょっと知られているくらいだが、
私が「大物」なわけでは当然ないし、そこに入れたのも偶然のようなもの。
胸を張って「大手勤めです!(ど〜ん)」なんて言った日にはマヌケとしか言いようがない。

人には、それぞれ自分にしか分からない幸せがある。
それは、子供と過ごす時間だったり、趣味に没頭する時間だったり、
地元の仲間たちと遊んだり、あるいは一人でゲームに浸る時間だったり。

だから、自分が体感できていないことを他人が体験していると、
羨ましくなってしまうのは仕方がないことなのだと思う。
ないものねだりをしたり「自分だけが」と悲観的になるのは人の性というものなのだ。

今の生活を精一杯楽しんで、自分が死ぬ時に良い人生だったと思えるように過ごしたい。

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Category: 【独り言】

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